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ザハ・ハディド死去

2016年4月2日 | COLUMN,DIARY

GA ARCHITECT ZAHA HADID

ザハ・ハディドが亡くなった。あまりにも突然のニュースだった。65歳だったそうだが、60代というのは建築家が最も脂がのる時期でもある。アンビルドの女王と呼ばれたザハも、施工技術の発達とともにそのデザインは実現可能となり、これから沢山の作品を残せたであろうに、本当に残念だと思う。

ザハが描いたドローイングを初めて見たのは、予備校に通っていたときだった。浪人しているというのに、未だに僕は進路に迷っていた。予備校の理系のコースに通いながら、やっぱり美術系に進みたいなとも思っていた。「理系で美術が得意なら建築学科に行くのが良い」と何人かの人に勧められたが、どうもその建築というのがピンと来ない。本当に美術に関係する仕事ができるのだろうか?そこで大型書店の建築のコーナーに足を運んでみた。

建築家の作品集が並んでいる。「へー、有名な建築家になると、作品集が出版されたりするのか」など思いながらたまたま手に取ってみたのが、安藤忠雄とザハ・ハディドの作品集だった。安藤忠雄の建築は美しい建築だなと思った。こんな空間を作れるのなら、建築も悪くなさそうだ。ザハの作品集にはドローイングしか載ってなかった。当時はまだ実作が無かったからだ。ザハの描いたドローイングは訳が解らなかった。後に、それが脱構築と呼ばれている建築表現だと知ることになるのだけれども。しかし、そのドローイングには圧倒された。建築学科がこんなドローイングを描いたりできるところなら、目指してみようかなと思うようになった。その時のザハの作品集『GA ARCHITECT ZAHA M. HADID』は今も手元にある。ご冥福をお祈りいたします。

GA ARCHITECT ZAHA HADHID


マンション傾斜問題(2)

2015年10月25日 | COLUMN

マンションの傾斜問題ですが、問題の発覚が長引いたことも問題です。長引いた原因として、マンション管理会社の利益相反の問題が挙げられると思います。これは建築業界の問題と言うより、不動産業界の問題です。

マンション購入時に交わす契約書には、売り主によって管理会社が指定されていますが、これが売り主であるデベロッパーの関連会社であることが殆どです。問題となっている「パークシティLaLa横浜」の場合、売り主の三井不動産レジデンシャルが自ら管理会社となっていたようです。したがって管理組合がマンションの不具合を訴えても、管理会社はあまり真剣に話を聞いてくれるはずがありません。住民から管理料を徴収しながら住民の利益を考えないという、利益相反が生じているのです。

この他にも、日本では様々な利益相反となる契約が平然と行われています。例えば、不動産仲介における両手取引がそうです。両手取引はどう考えても民法で禁止されている双方代理にあたると思います。もちろん、双方の承諾があれば双方代理も合法なのですが、しかしながら、承諾など無しに平然と双方代理が行われているのが現状です。他には、建築の設計施工一貫方式(デザインビルド)もそうです。品質の高い建築を設計することと、施工で利益を出すことは利益相反の関係にありますが、多くの人が疑問を感じずにハウスメーカやゼネコンに設計施工一貫で発注しているのが不思議です(ただし、設計施工一貫には発注者にもメリットもありますので、一概に批判はできませんが)。

人と不動産の関係をより良いものとするには、日本人がもっと利益相反という問題に敏感になり、おかしな慣行をフェアなものに改めていくところから始まると思います。

マンション傾斜問題(1)
http://craftone.net/yamamoto/151020-2/


マンション傾斜問題(1)

2015年10月20日 | COLUMN

残念ながらまた建築界の信用を無くす事件が起きてしまいました。欠陥が生じたマンションは、三井不動産レジデンシャルが2006年に販売した横浜市都筑区の「パークシティLaLa横浜」。三井住友建設の設計施工。

思った事だけを書きます。

1.杭の設計

杭の施工を行った旭化成建材が非難されていますが、杭の設計はきちんとされていたのかは報道されていません。設計に瑕疵は無かったのでしょうか?ただし、設計に先立って行われるボーリング調査は、要所を選んで数本行い、すべての杭の位置で調査するわけではありません。従って、調査を行っていない場所で急に支持層の深さが変化していることもあり得ます。こうした理由で杭が支持層に達しなかった場合、設計と施工が協議をして、継杭をするとか、逆に建築の基礎梁のせいを高くして杭頭に接続するなどの対処をするわけですが、今回はこれが行われなわれず、杭が支持層に届いたかのようなデータ偽装が行われていたことになります。

2.管理・監理の問題

工事は杭の専門業者が工事を行い、通常、工事を総括する元請けゼネコンの施工管理者(現場監督)と、施工が図面通りに行われているかを確認する監理者が立ち会って行われます。しかし、施工管理者も監理者は全ての杭の打設に立ち会うわけではありません。通常、試験杭といって最初の杭の打設に立ち会い、問題が無ければ、後は施工記録を受け取ってチェックするという形になります。今回の不祥事を受けて、今後どのように法改正がなされるか注目です。しかし、全ての杭打ちにちあうことが義務化されたとしたら、その分の人件費は補償されるのかといった問題も発生します。

3.再委託の問題

よく建設業界の多重請負が問題になりますが、そもそも建築工事は、基礎工事や電気工事や鉄骨工事などいくつもの専門業者が関わります。これを総括して、工程など工事全体を管理するのが、元請けとなる総合建設会社で、ゼネコンと呼ばれてたりしています。元請けのゼネコンと下請けの専門業者が存在することは問題ではありません。問題は、建設業法ではゼネコンが請け負った工事一式を再委託すること(丸投げ)は禁止されていますが、下請けが請け負った工事を丸ごと孫請けに再委託することは禁止されていません。今回のケースで言うと、元請けの三井住友建設から杭工事を請け負った日立ハイテクノロジーズが、業務を旭化成建材に再委託しています。何も仕事をしないでマージンだけ抜くという業者の存在が建設コストを高くし、あるいは孫請けを疲弊させることに繋がっています。建設業法で下請けから孫請けへの一括再委託を禁止すべきです。

マンション傾斜問題(2)
http://craftone.net/yamamoto/151024/


夏とデザイン

2015年8月18日 | COLUMN

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お盆休みも終わりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。ところで、夏という季節は、デザインを意識させる季節だなと思います。特にファッションデザインがそうですね。涼しくかつ見栄えも良いことを考えなければなりませんから、まさに用と美が求められます。私自身の夏の工夫といえば、革のカバーの付いたマネークリップを愛用しています。男性はハンドバックを持ち歩かないので、財布だとポケットが嵩張ってしまいます。

住宅のデザインも、かつては「夏をもって旨とすべし」と言われていました。軒を深く出すとか、風通しの良いプランを考えるとか、湿気から逃れるために床を堅くするるとか。網戸とかすだれなども夏を快適に過ごすための工夫でした。最近は高気密高断熱が基本なので、あまり季節を感じることが少なくなりましたが、それでも、中庭がある建物に入ったりすると、風が抜けて気持ちよさそうだな、と思います。建築を考えるときは、なるべく外部と連続した空間を作りたいと思います。


新国立競技場再コンペに思う

2015年7月21日 | COLUMN

新国立競技場コンペ案募集広告

写真は3年前に全国紙に大々的に発表された新国立競技場コンペの広告です。要項を読んだら「これで公募?」と思わざるを得ない参加条件でした。

再コンペは「設計と施工が一体となったコンペを行う」と発表されていますが、これは「事業コンペ」と呼ばれるもので、埼玉アリーナや札幌ドームがこの方式で行われています。多目的スタジアムという「特殊な建築」のコンペのやり方としてはおそらく妥当で、異論はありません。ただし、大規模施設の施工能力のある大手ゼネコンとJVを組まなければならないので、いずれにせよ参加できる建築家も限られてくるでしょう。私なんぞは傍観するしかありません。

今回の騒動で一番危惧するのは、建築家とは予算も考えず勝手なイメージだけをつくる職業というイメージが定着してしまうこと。そして、今後「特殊ではない建築」もクローズドなやりかたでコンペが行われるようになるのではないか?ということ(既にかなりクローズドですが)。安藤忠雄氏には「私の予算の読みが甘かった」と謝罪してほしかった。コンペから文化が生まれ、これからもそうであって欲しいと、微力ながら願っております。


新国立競技場はザハに別案を

2015年6月2日 | COLUMN

現在進められている新国立競技場は、やはりキールアーチの構造に無理があるようです。

名建築はコンペで選ばれ、その後困難を乗り越えて実現したものが多いわけですが、この新国立競技場に関してはどうも上手く行きそうな気配がありません。案の募集期間も規模に対して短かったし、「建築家では無く計画案を選ぶ」コンペだった点も良くなかった気がします。「コンペって計画案を選ぶものじゃないの?」と思われるかもしれませんが、コンペ先進国の欧米では、当選した建築家が最後まで責任を持って関わり、完成した建築はコンペ時とは大きく変更されている場合もあるわけです。

A案で上手くいかない場合は、A案に準じたA’案を作るのではなく、思い切ってB案を作った方が良い結果をもたらす場合もある。現在はザハの手から離れて、日本側の建築家でA’案が進められていますが、ザハに別案を作る機会を与えるのが一番良いのではと思います。まだ時間はあるはずです。

「槇文彦グループより新国立競技場プロジェクトへの提言」
http://world-architects.blogspot.jp/2015/06/nationalstadium-news.html


用途変更は侮れない

2015年5月3日 | COLUMN

現在請けている用途変更の仕事の物件は、検査済証も受けており、竣工図も現存し、しかも似た用途への変更なので、すんなり申請を通すことができると思っていましたが、竣工後に敷地北側の土地が売却されて他の建築の確認申請に使われていたため、日影規制にひっかける違法建築となっており、このままでは用途変更できないことが判明しました。現在、日影規制をクリアするため、北側の土地の所有者から土地の一部をお借りすることを交渉しているところです。

おそらく以前の所有者が違法建築になると分からずに土地の一部を売却してしまったのでしょう。そしてこの用途変更の発注者であるクライアントが、違法建築と知らずに購入してしまったという訳です。不動産の流通では、違法建築であっても売買する事が許されています。そして今回のように、検査済証があったとしても現在は違法建築となっている場合もあります。特に日影規制をクリアできているかのチェックは、一般の方には無理だと思います。

違法建築は用途変更しようと思っても、それを是正しない限り確認が通りません。今回のケースは隣地をお借りする事で解決できそうですが、必ずしもそれができるとは限りません。中古建築を購入する際には細心の注意が必要だと改めて感じた次第です。


用途変更

2015年3月10日 | COLUMN,DIARY

図面

用途変更のご相談を受けました。共同住宅を障害者のグループホームにするという案件です。この案件は図面も完了検査済証もあり、比較的容易に確認申請が通ると思われます。

検査済証が無い場合は「既存不適格建築」の証明をしなければなりません。既存不適格建築とは、現在の法規には適合していなくとも新築された時の法規には適合して建てられている建築物のことで、この証明をするにはかなりの時間と費用がかかります。昨年7月に国土交通省が「検査済証のない建築物に係る指定確認検査機関等を活用した建築基準法適合状況調査のためのガイドライン」を制定し、指定確認検査機関もこの適合調査をおこなう業務を開始しています。これで以前よりは検査済証の無い建築の用途変更もスムーズに進むものと思われます。

しかし、事業者が中古建築を取得するときに検査済証があることを確認することは重要です。無知な(不道徳な)不動産仲介業者が「似たような用途ですから大丈夫ですよ」などと契約を急がせることもあります。ところが一見似たような用途でも用途変更の必要な場合があります。例えば物販店だったテナントを飲食店として使用する場合などがそうです。購入しようとしている物件の用途が何になっているか?用途変更は必要なのか?必要ならば検査済証はあるのか?中古物件の購入やテナントの賃貸契約をする前に慎重に確認することが必要です。

http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/jutakukentiku_house_fr_000061.html


新国立競技場について

2014年11月11日 | COLUMN

磯崎新の新国立競技場に関する意見の全文が公開されました。

磯崎新による、新国立競技場に関する意見の全文
http://architecturephoto.net/38874/

一等を獲ったザハ・ハディドに修正案をつくらせるべきだというのは磯崎さんらしい意見だなと思いました。早くから既存の競技場を改修することを提案している槇文彦氏も、やはり「建築家批判であってはならない」と前置きされています。場所によってはザハのような大胆な造形の建築が必要な場合もあるのです。新国立競技場の案が批判されているからといって、ザハ・ハディドという建築家を全否定してはいけません。

ザハのダイナミックなコンペ案は、土木の技術を建築に応用する提案であったため、高さも巨大となり予算もかさむ案でした。これを受けて日建設計JVがまとめた基本設計は、高さを抑える必要やコストを落とす必要があったとは言え、ザハの描いた輪郭を他の構造形式で置き換えてしまったため、当初のダイナミックさが全く失われてしまった設計となっています。確かにこのままでは、ザハの案を支持する人にも改修案を支持ずる人にも不幸な結果となることでしょう。

磯崎さんも書かれているように、コンペには二つのタイプがあります。ひとつは「案を選ぶコンペ」。もうひとつは「人を選ぶコンペ」。今回の騒動は、建築家は基本構想をまとめるだけで実施設計には関われない、という「案を選ぶコンペ」であったことに問題があったと思います。分業による流れ作業では良い建築は生まれません。一等を獲ったザハの力量を信じてザハに修正案をつくらせるべきだと思います。


建築と思想と合理性

2014年10月17日 | COLUMN

文部科学省が国立大改革案として文系学部の廃止を打ち出しました。どうなるのでしょうか?

http://news.livedoor.com/article/detail/9310435/

個人的な印象ですが、文系の人は思想が第一にあって、その思想を正当化するための手段として論理を用いるのに対し、理系の人は思想より合理性を求めたり、論理そのものが目的だったりする傾向があると思います。

ところで、私が勉強した建築学は工学部で理系な訳ですが、これがあまり理系っぽくない(笑)。建築学といっても色々あって、構造や設備の研究室はもろ理系という感じですが、計画や意匠や建築史の研究室はもうほとんど文系です。建築は人間が使う物ですから「人間とはなんぞや?」という話から始まるので人文系の本を読むことの方が多いわけです。私も大学3年くらいまでは構造や設備の授業も受けてましたが、学部の4年で建築史研究室に所属したので、後は大学院修了までほとんど文系でした。それから設計の課題などもやる訳ですが、これは図面だけではなく、模型を作ったりパースを描いたりするので美術系みたいなところがあって、要するに建築学科とは理系と文系と美術系がごちゃ混ぜになったような所と思っていただいて良いと思います。

建築はそういうところなので、「思想」のようなものが入ってきて、必ずしも合理性を求める訳ではありません。例えば「モダニスム」などがそうです。モダニスム建築は地域性を否定する思想なので、屋根はフラットルーフが基本です。しかし、日本のように雨の多い地域では屋根は勾配をつけた方が合理的だったりするわけです。思想が現実と矛盾しているのですが、合理性だけを追求していては魅力的な建築にならないのも事実です。多くの建築家が思想と合理性の狭間で悩んでいます。私も毎回悩むところです。